twozzymasaの日記

徒然なるままに記す

秘密

うつ病でした。

レコード会社で仕事をしていた26歳の時、自分がうつ病になっていることを知った。それまでに悩むことは多くあったが、これが病気なんだなんて全く思っていなかった。

当時、北海道の営業室長になり現場の諸問題を解決すべく仕事に取り組んでいた。自分のやりたかった仕事だ。最年少の営業室長だ。成果を出さないと!しかし、レコード店や放送局との軋轢を解決することができず、さらにチーム内の不和がさらに深まり、半年後、精神病院に行ったら「辻井さん、仕事と転勤が原因のうつ病です。治療するには仕事を辞めたほうがいいです」と言われた。

症状は

不眠。というより、2時に寝て3時に起きる。寝る行為はするのだが、起きてしまう。

自律神経失調症。倦怠感。ふらふらする。動悸。

急激な体重増加。アルコール依存。そして 治療して半年後に円形脱毛

心が崩れていく過程

レコード会社の仕事は、10時に出勤し、深夜24時くらいまで。営業は、10時に開店するレコード店に行き初回注文(イニシャル)や追加注文(バック)を取ってくる。また商品の販促(展開)を決めてくる。要は売れるようにしてくる。閉店までまわってこいというのが当たり前でした。北海道はあるレコード店がシェアのほとんどを占めていてバイヤーの当たりがきつかった。例えばアポを取ってくれなかったり、行っても1時間2時間待たせるなど。今までこんな仕打ちを受けたことはなかった。僕にとって乗り越える試練だったんろう。プロモーションは、ラジオやテレビ雑誌で取り上げてもらえるよう働きかける。始めてこの仕事をしたので慣れてないこととメディでは当たり前の広告出稿、アーティスト出演、グッズ提供など一切だめ。人間関係を作って皿をまわす(音楽をかける)営業も兼任しているのでそんなにいくことができないので皿(CD)を渡すくらいしかできなかった。当然ラジオを聴く時間もなく、相手のことも知らないので。あとからの反省ですが、引き継ぎもなく関係障害がある中にいったので関係障害を引き継いでしまった。東京の本部の人も同じような素人で問題解決できる仕組みもなかった。管理職の仕事は、主にはスタッフ間のトラブル相談だ。女性4人 男性1名。女性同士が仲が悪かった。男性はいいやつだったが、典型的B型でマイペースで全然気にならない性格。僕は気にする性格。うまくいかないとへこんでしまう。しかも一人の女性スタッフと恋愛感情ができてしまい、別の女性スタッフから恋愛感情を持たれてしまい人間関係がぐちゃぐちゃになってしまった。

爆弾落ちた

半年後、会社のトップがイチ押しのアーティストがデビューする。営業、プロモーションとも失敗し、一人責任を感じた。東京から管理職3人が来てレコード店の人を接待し、何とか展開してもらえるようになった。その接待の席でレコード店の嫌がらせをしていた人が、僕の悪口を管理職に言いまくり、管理職も「酒飲んでんじゃねえぞ」とその場で叱責する。忘れられない屈辱になった。管理職3人は、女性スタッフ間のトラブル解決のため、僕に恋愛感情をもっていたスタッフを解雇した。「おめのために嫌なことをやってやったんだよ」「これからは自分でやれよこら」スタッフ間のトラブルはなくなり、いち押しアーティストの形はできた。僕は何もせず、管理職3人の失望と僕の精神崩壊は同時だった。僕が恋愛感情をもったスタッフからは仕事仲間でお願いしますと断れてしまった。

治療していく

僕の異変に気付いたスタッフが、管理職1名を北海道に呼んだ。管理職は「一回病院行け」といい、僕は精神病院に行った。精神病院は問診中心だ。僕は何時間しゃべったんろうか。Drは「うんうん」と相槌を打つだけ、話を終えた僕に「あなたは真面目な性格で自分の失敗を受け入れられない。A型っていうですよ。血液ではないですよ。まじめでしっかりやらないとだめな人のこと。慣れない北海道にきて管理職になって頑張ったんですね。全部仕事を抱えて。もう頑張らなくていいですよ。」

自然と涙があふれた。頑張らなくていいんだ。でもやらないと失敗したから挽回しないと。だってやりたかった仕事なんだから。仕事で成果をだせば彼女も考え直してくれるはずだ。Drは「頑張ってはいけない。病気が進んでしまうから。あなたは病気なんです。仕事を辞めて大阪にもどったほうがいい」

「考えることができないので今日は帰ります」

事務所にもどると管理職1名は大きな身体を椅子にもたれかけて待っていた

「で どうなんんや」 僕はしどろもどろに説明した。半分くらいしか伝えられないがDrに仕事をやめろと言われたことはしっかり伝えた

スタッフ会議

管理職1名は「みんなで話し合おう」といい、営業に出ているスタッフを呼び戻した

スタッフは不安な表情で集まってきた

「こいつ うつ病や。仕事辞めて大阪帰れと言われたんや。みんなええか」

管理職1名は、何の前置きもなくみんなを驚かせた

スタッフが何をそれぞれいったは、覚えていないけど「私のせい」「辞めて欲しくない」「みんなで支える」そういうことをいっていたと思う。

「みんながそういうなら会社は辞めないです。自分でもどうしたらいいかわからないけどみんなと頑張ってみるよ」

あれだけDrが頑張ってはいけないと言っていたのに。

僕とうつ病のお付き合いが始まってしまったのです。続く( 一一)