空白の20160901~0930 ⑥
阿蘇山へいこう
熊本から東に向かうと阿蘇山がある、中学の修学旅行で行った以来だったが、地震の影
響で入ることが出来なかった。そのまま東に向い竹田市の岡城に向かう。
「荒城の月」滝廉太郎の歌のモデルの城だ。
天正14年(1586年)、先に耳川の戦いで敗れ衰退した大友氏を下すべく、薩摩の島津氏が豊後府内に迫る快進撃を見せていた中、岡城のみは志賀親次の指揮のもと再三にわたり島津軍を撃退し、親次はその功績から豊臣秀吉より天正15年正月3日付けの褒状を受けている。難航不落の山城であり、歌のイメージに合う静かな街のシンボルだ。
九重連山を走る。高原の清々しい空気を楽しみながら この日の夜別府から船に乗って大阪に帰る。別府に早くついてしまい、Tさんに教えてもらった泥湯に入った。中は泥湯ではなく 泥池で混浴で若い女性も入っていてびっくりしてしまった。
人間活動の再開
宇多田ヒカルが 歌手活動を中止するとき こんな言葉を使った。15歳から歌手をして人間として経験する色々なことができなかった。何のための人生か。生きることに楽しみを感じるないと意味がない。人生は重荷を背負っていきていかないといけない。本当に徳川家康がいったがわからないらしいですが、そんな人生は意味がない。自分が楽しくないと人を楽しくできない。だからミニストップで苦しんだ。自分は楽しむために仕事をしよう。そんなに稼がなくても生きていける。この5年間でできなかったことをやろう。そう考えた時、人間活動の再開という言葉がピンと来た。
サンフラワーにのって帰ります。サー 人間活動の再開だ!