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twozzymasaの日記

徒然なるままに記す

少欲知足に至る。

資本主義と社会主義

僕の世代では社会主義=悪というイメージがある。映画「ロッキー4」ではソ連とアメリカが戦い  自由=資本主義(アメリカ) 不自由=社会主義ソ連)みたいな描かれ方をした。そもそも社会主義は 資本主義=悪から出てきたものということをほとんどの人は知らない。

資本主義経済の成立

資本主義経済は、18世紀後半のイギリスでおきた産業革命をきっかけに成立しました。
自由競争により利益を追求して経済活動を行えば、社会全体の利益も増大していくという考え方に立脚しています。以前の絶対君主性のように国の介入を受けず、自由に取引が行われ いい商品、多くの資本 いいサービス いい商品 いい人材 含めて 資本というのですが、資本をうまく使って社会の財を増やしていけばよかったのですが、問題が生じたのです。
「格差 貧富の差」ができてしましったんです。当時は、資本家と労働者 お金や人材サービスを握っている資本家に財が集中し、労働者は長時間労働を余儀なくされ 労働運動がおきたんです。

 その「悪」の資本主義に立ち向かうべく生まれたのが社会主義なんです。「格差 貧富の差」を改善し「平等」にしたんです。いい考えじゃないですかね。

1917年のロシア革命を経て、1922年にはソビエト社会主義共和国連邦ソ連)が成立したことで、実際に社会主義経済が実現されるようになったのです。

国が管理し指導したとおりに経済活動を行うので、労働者ががんばって働いても賃金はあがりませんし、効率よく仕事をしようと努力する必要もありません。
競争がないため、よりよい商品をうみだそうと技術改良が加えられることもありません。何をしても平等ならやっても意味がないやん。人の気持ちが財を生み出す体制ではなかったんです。また多数のいい人材が動かす自由な資本主義と社会主義のもう一つも問題が、一部の官僚なんです。権力が集中し 一部の人材の意思決定にゆだねられる社会ははずれてしまった場合の補填がなかったんですね。

農業国だったソ連は、工業国に追い付けと強みである農業から強制徴収を手段を取ったことで農業が疲弊してしまいます。年貢金額を一定にしてしまったとき、不作でも一定額を徴収し 国は財を集めることができましたが、農家は疲弊していったんです。ソ連崩壊 中国文化革命など起こりそこで社会主義=悪 というイメージが資本主義国に生まれたんです。しかし、資本主義の本質的な問題 「格差 貧富の差」は解消されていません。

アメリカ合衆国は、自由の国 アメリカンドリーム いいイメージですが、資本主義が崩壊した末路の国になってしまった。もともとは、絶対君主制から独立した自由な国だったのが、限りない財の増加のニーズに応えるため、戦争を繰り返していった。太平洋戦争は、大きなアジア権益の勝者足らんと日本を倒した。その後 朝鮮半島ベトナムイランイラク 中東 イスラエル 大きなアメリカ資本の拡大のために戦争と並行して市場を広げていった。

アメリカだけでなく、日本もそのパートナーとして資本を拡大していった。その裏で発展途上国を生み 世界的格差を生み出した。それがテロという形でかえってきている。

日本国内の資本主義も崩壊している。限りない資本の増加はありえないのでどこかで崩壊する。

歴史的に見て 日本は、墾田永年私財法以後、超社会主義社会だった。一部の貴族が資本を独占し、国民に資本が投下されることは少なかった。資本家である貴族の政策にゆだねられた社会では 拡大することはなかった。平安末期 農民の代表であった武士たちが立ち上がる。地方自治という時代になる。一部の貴族(資本家)から財を奪え 武力を用いて 実支配していった。しかし武士たちは 平家 源氏の2派に分かれて戦い 源氏という一部の武士たちが支配する社会主義社会をつくった。君主性社会主義だ。財である土地は 分配され 一度は安定した。しかし外国から資本主義の集団が襲ってきた。

チンギスハーン

テムジンというモンゴル族の棟梁は 小さな族長の息子だった。父エスガイを殺され モンゴル族は崩壊し、母と弟だけの集落になってしまった。テムジンは 商業の力を知る。

当時の金(中国)の商人は、モンゴルにない力を持っていた。少ない財を奪い合うしか生きることができない社会に疑問を感じた。テムジンは部族を広げる戦争の中で手柄を立てたものに財を与えた。手柄を立てれば財が手に入る。その繰り返しが巨大帝国元となった。国を滅ぼし 財 人 文化を奪う。 しかし 最後は崩壊した。

元寇で、財を奪いに来たモンゴル人を日本は何とか撃退できた。しかし、今まで安定していた財の平等が保てなくなった。戦ったにもかかわらず 財を得ることができなかった。

そして ガラガラポンが起きる。建武の新政南北朝 また 2派に分かれて 財を奪い合った。その結果  南朝が治めたが 一部の将軍直轄の軍事力や財政基盤は弱く、中央の幕府が上位に立ち、地域権力たる守護大名がその監督下にありつつも、両者が相互補完的に政治的経済的支配を展開した。そして応仁の乱嘉吉の乱で分散化していた守護大名がさらに細分化した。戦国時代の始まりだ。

 多数の国人が支配し、奪いあう時代になった。資本主義の到来だ。多数の優良領主が生まれた。武田信玄上杉謙信 北条5代 今川 伊達 朝倉 毛利 長曾我部 龍造寺 島津 文化革命も起こった。鉄砲の伝来 楽市楽座自由主義経済の導入。それにいち早く気付いたのが織田信長だった。財=土地から 市場経済 文化 技術 資本という存在に気付いた。またそれは人の気持ちで拡大していくことを知っていた。長く君主制社会主義経済体制から絶対君主性自由主義資本経済体制をつくった。信長のあとの秀吉はさらにこの体制を拡大するために明国に攻めていった。のちの明治国家を同じ資本主義の拡大を続けるには、戦争と奪い合いが必要なのだ。

 結局、戦争に敗れて 国内では 奪い合いの終結を家康が関ケ原、大阪の陣で終わらせる。豊臣を滅ぼしたとノスタルジーな歴史フアンが怒るかもしれないが、家康こそ資本主義も奪い合いの無力さを知っていた人だ。彼は多数の立憲君主社会主義国家を作る。幕藩体制だ。幕府は実際には統治していない。藩という体制が複数あり、それぞれが統治していた。貨幣経済は、管理しきれなかった。商人たちは実力を持ち力をもっていった。しかし、享保、寛政、天保の改革など質素倹約という国のコントールにより財務管理をおこなった。国民に財が落ちることは減ったかわりに戦争がなくなり、安定が生じた。

 その崩壊が開国だ。そう資本主義大国のアメリカがやってきたのだ。社会主義国家の江戸幕府が崩壊し、立憲君主性資本主義国家 明治国家が生まれる。大きく成長を明治という時代だ。坂の上も雲 成長できる。しかし、アジア諸国から奪うことを始めたのだ。そう秀吉 信長がそうしたかったように。

資本主義時代は成長を伴うが、戦争と奪い合いを伴う。格差を生み 買ったものはいいが負けたものは報われない世界。

 そもそも食物連鎖で奪い合いなかで 生き物は生きている。昔から戦争は行われて限りなく奪いあった。そこで社会主義のような一部の体制で多数を管理する社会で平等な社会がいいといわれたが、平等=不平等な社会を生み出した。

 ブッダゴータマ・スィッダッタ)は、インドの王子だった。財に恵まれて 妻や息子に恵まれて暮らしていたが、満たされない何かがあった。欲は無限であり 奪い会う世の中に苦しんだ。4苦(生、老、病、死)の悩みから解放されず、苦行に身を置く。そして悟りをひらく、此(煩悩)があれば彼(苦)があり、此(煩悩)がなければ彼(苦)がない、此(煩悩)が生ずれば彼(苦)が生じ、此(煩悩)が滅すれば彼(苦)が滅す

煩悩=欲 を知ること 足るを知り、欲を少なくする 「少欲知足」という教えだ。

 アメリカファーストいうが、そのアメリカ人は 食べていけないわけではない。あの成長しつづける欲深いアメリカを追い求めている。日本もそうだ。もう成長している。食べていけないわけではない。自分が必要な財を得ればいいのだ。今日本の資本は高齢層に集中している。「財を残すは下。されど財なくんば事業保ち難く。事業を残すは中。事業なくんば人育ち難し。人を残すは上なり」後藤新平の言葉だ。昔の日本人にはこういう考え方があった。麻生副大臣が大げさだが、高齢者は何歳まで生きたいのだ行ったが、財に固執するよりも未来に人に固執するのはいいのではないかと思う。少欲知足で人を残すは上なり。これからそんな生き方をしてきたいと思っている